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  • やりたいことが分からない人へ|100のやりたいことリストが人生を変えた話

    100のやりたいこととの再会

    以前書いた「100のやりたいこと」。

    正直、きっかけは覚えていない。
    ただ、今振り返ると——

    それはただのメモではなく、
    “理想の人生の設計図”だった。

    最初に書いた日付を見ると、
    少なくとも“誰かの影響”より前だった。

    きっとこれは、
    誰もが一度は考えることなのだと思う。

    当時、付き合っていた彼女がいた。
    その未来は、当たり前に続くと思っていた。

    でも今となっては、
    その存在は完全に過去のものになった。

    コロナで気づいたこと

    2021年。
    コロナのデルタ株に感染した。

    本当に、
    死んでもおかしくない状況だった。

    そのとき、ふと思い出した。
    この「100のやりたいこと」の存在を。

    人生は、思っているより短い。
    そして、いつ終わるかも分からない。

    本当に自分は、
    後悔なく生きてきたと言えるのか。

    答えは、はっきりしていた。
    否だった。

    まだ何もやれていなかった

    50歳手前になって、ようやく気づいた。

    自分は、
    やりたいことをほとんどやっていない。「いつかやる」

    「そのうちやる」

    そう思っているうちに、
    時間だけが過ぎていた。

    そして、もう一度このリストを開いた。

    このブログの意味

    一番最初に書いてあったのは、
    今の自分にも繋がる言葉だった。

    「パパが死ぬときに、
    パパの子供でよかったと子供たちに言わせる」

    これは、まだ達成していない。

    でも今は、こう思っている。

    このブログは、
    自分がどう生きるかを整理するために書いている。

    自分の人生を、
    ちゃんと自分で選んでいくための記録だ。

    そしてその過程が、
    結果として誰かに伝われば、それでいい。

    理想は、すでに書かれていた

    そこには、
    自分の理想がすべて詰まっていた。

    ・みなとみらいに住む
    ・行ったことのない場所に行く
    ・欲しいものを手に入れる
    ・投資で自由を手に入れる

    全部、同じ線の上にある。

    だから思った。

    できる限り、これをやり切ろうと。

    そして同時に、
    新しく思いついたことも
    全部書き足していこうと決めた。

    ドリームボードという形にした

    このリストは、
    ただのメモでは終わらせなかった。

    これは当時の自分が作ったドリームボードだ。
    一見「やりたいこと」のようで、
    実際は“理想の人生の設計図”だった。

    アクリル板に、
    イメージした写真や言葉を挟み込んで、
    部屋に置いている。

    実際に使っているアクリルフォトフレームがこちら。

    ドリームボードに使えるA3アクリルフォトフレームを見る

    毎日目に入る場所に置くことで、
    自然と意識するようになる。

    見るたびに思う。

    まだ、やれることがあると。

    行動はもう始まっている

    コロナ以降の私は、
    このリストを軸に動いている。

    もともと仕事柄、
    日本国内はほとんど行ったことがあった。

    残っていたのは、和歌山県と高知県。

    2025年、
    家族を連れて和歌山に行った。

    宿泊したのは、南紀白浜のマリオットホテル。

    今回はポイントを使って宿泊したので、
    実際の宿泊費はかかっていない。

    でもこれは、特別なことではなくて、

    日々のクレジットカード利用や積み重ねで、
    誰でも再現できる仕組みだ。

    マリオットのポイントを貯める方法の一つとして、 紹介プログラムもあります👇

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    一方で、
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    その流れで、
    世界遺産の熊野古道にも行くことができた。

    一つではなく、二つ達成した。

    残るは、高知県だけになった。

    海外は、昔仕事で
    香港とマカオに行ったことがあるだけだった。

    今年の夏、台湾を予約した。

    「九份に行きたい」

    そう書いてあったからだ。

    まだ元気なうちに、
    できる限り叶えていこうと思う。

    これからの話

    最近始めた
    ブログ、X、Instagram。これらの目標も、
    このリストに書き足した。

    だから私は、この過程を残す。

    やりたいことは、
    “いつか”ではなく、
    “今やるもの”だと決めた。

    もし今すぐ動きたいなら👇

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    人生はまだ終わっていない。
    50代。
    まだ終わらない。

    だったら、やりたいことは全部やる。


  • 100のやりたいことリストを書いた理由|50代で人生を再設計した話

    100のやりたいことリストを書いた理由|50代で人生を再設計した話


    ドリームボード 実例 人生目標 ビジョンボード アクリルボード 旅行 車 時計

    以前書いた「100のやりたいこと」。

    これは当時の自分が作ったドリームボードだ。


    写真や目標を見える形にしておくと、日々の意識がかなり変わります。

    ドリームボードに使えるA3アクリルフォトフレームを見る

    一見「やりたいこと」を並べているように見えるが、
    今振り返ると、これは“理想の人生の設計図”だった。

    きっかけは正直、はっきり覚えていない。
    何かに影響されたのかもしれないし、
    ただ自然に出てきたものだったのかもしれない。

    最初に書いた日付を見ると、
    少なくとも“誰かの影響”より前だった。

    きっとこれは、
    誰もが一度は考えることなのだと思う。

    当時、付き合っていた彼女がいた。
    その未来は、当たり前に続くと思っていた。

    でも今となっては、
    その存在は完全に過去のものになった。

    誰かを喜ばせるための100リスト

    今振り返ると、あの頃の私は、

    「誰かを喜ばせること」=「自分のやりたいこと」

    になっていたのだと思う。

    だからリストの内容も、
    自然と「彼女と〜する」という形が多くなっていた。

    実際に達成していたこと

    いくつかは、すでに実現していた。

    ・夜景の見えるホテルに泊まる
    ・一緒に暮らす
    ・誕生日にケーキを作る
    ・個室温泉付きの宿に泊まる

    例えば、横浜で泊まったホテル。
    観覧車が見える部屋を予約して、特別な時間を過ごした。

    「横浜の夜景が見えるホテルは、記念日や特別な時間にかなりおすすめです。👇」

    横浜の夜景が見えるホテルを探す(じゃらん)

    みなとみらいのバスルームから夜景が見える部屋

    温泉宿では、日常から離れた時間を味わった。

    こういう体験は、今振り返っても間違いなく価値があった。

    (当時は、ただ“楽しむため”に予約していただけだった)

    それでも満たされなかった理由

    一つひとつは、確かに達成していた。

    でも、どこか満たされていなかった。

    満たされていたはずなのに、満たされていなかった。

    その理由を、当時の私は説明できなかった。

    ただ、はっきりしていたのは、

    誰かを喜ばせることはできても、
    自分の人生を生きている感覚とは違ったということ。

    違和感の正体

    そして、もう一つ気づいたことがある。

    それは、

    「誰かと〜する」という前提で
    すべてを考えていたことだ。

    当時のリストは、
    ほとんどが「誰かと一緒にやること」だった。

    でも、それでは相手がいなければ成立しない。

    自分の人生なのに、
    自分だけでは完結しない形になっていた。

    この違和感だけが、ずっと残っていた。

    自分が何をするかで考える

    だから私は決めた。

    これからは、

    「誰かと」ではなく、
    「自分が何をするか」で考えようと。

    一人でもできること。
    一人でもやりたいこと。

    それを基準に、
    もう一度、人生を組み立て直そうと思った。

    この経験が次につながる

    この時間が無駄だったとは思っていない。

    むしろ、

    この経験があったからこそ、

    「人に尽くすこと」と
    「自分の人生を生きること」は違う

    と気づくことができた。

    そしてこの気づきが、
    次の行動につながっていく。

    人生はまだ終わっていない。
    50代。
    まだ終わらない。

  • 人は必要なときに必要な人と出会う|50代で気づいたこと

    人は必要なときに必要な人と出会う|50代で気づいたこと

    東京の街並みと青空を背景に「人は必要なときに必要な人と出会う」という人生観を表現したブログアイキャッチ画像

    これは、私の中での根幹的な考え方だ。

    人は、必要なときに、
    必要な人と出会う。

    そして、もし誰かと疎遠になったのなら。

    それは、
    お互いにとって、そのステージでの役割が終わった
    というサインだと思っている。

    だからこそ、
    どんなに自分が必要だと思っていても、

    相手が離れようとしているなら、
    そこに執着してはいけない。

    人との距離の取り方

    この考えには、2つの意味がある。

    ひとつは、
    人に執着しないこと。

    もうひとつは、
    今ある人間関係を大切にすること。

    人との出会いは、人生を変える

    人生で関わる人には、必ず意味がある。

    そう強く思うようになったのは、
    コロナで自分の人生が終わりかけた経験があるからだ。

    そこからの数年で、
    価値観が大きく変わった。

    特に大きな影響を受けた人が、2人いる。

    お金の価値観を変えた人

    一人は、当時付き合っていた彼女のお姉さんだった人だ。

    この方の存在が、
    自己投資や資産運用に対する考え方を大きく変えた。

    私はもともと、
    投資に対してあまり良いイメージを持っていなかった。

    むしろ負ける側の人間だった。

    でも、その方は違った。

    無駄をそぎ落とし、

    本当に必要なものにだけお金を使う。

    印象的だったのは、生活だった。

    大きな家に住んでいるのに、
    無駄が一切ない。

    掃除は行き届き、
    電気も最小限、
    洋服も必要な分だけ。

    「お金がある=贅沢」ではない。

    その考えが、完全に覆された。

    その一方で、
    歯や健康、必要なものには徹底的にお金をかける。

    さらに、
    掃除はロボットで自動化するなど、
    “使うべきところ”にはしっかり使う。

    このバランスを見て、
    初めて「お金の使い方」を理解した気がした。

    仕事の向き合い方を変えた人

    もう一人は、
    仕事で出会ったベンチャー企業の役員の方だ。

    この方との出会いで、
    仕事に対する考え方が大きく変わった。

    私はこの方から、
    初めて「講演」という仕事をもらった。

    人前で話す仕事も経験し、

    仕事への向き合い方が変わった。

    この方は、
    展示会を一つのプロジェクトとして組み立て、成功させた。

    その過程を間近で見て、
    強く感じたことがある。

    仕事は、パズルのようなものだということ。

    一つひとつのピースを積み上げていくことで、
    初めて完成する。

    そして、そのピースは
    どれも替えが効かない。

    仕事は一人では成立しない。

    誰かと関わり、
    協力し、
    役割を果たすことで成り立つ。

    この考え方は、
    今の自分の仕事観のベースになっている。

    そして、人はまた出会う

    今、その2人とは距離がある。

    でも、不思議とこう思う。

    またどこかで会う気がする。

    人は、必要なタイミングで
    また交わる。

    そういうものだと思っている。

    今の自分の生き方

    人は、一人では変われない。

    でも、
    人によって変わることはできる。

    だから私は、
    無理に人を追わない。

    無理に繋ぎ止めない。

    その代わり、
    今、目の前にいる人を大切にする。

    そして、
    今の自分の環境を整える。

    みなとみらいに住むという選択も、
    その一つだ。

    人は「環境」と「人」でできている

    人は、
    環境だけでも変わらない。

    努力だけでも変わらない。

    でも、
    人と環境が揃ったとき、
    少しずつ変わっていく。

    私は今、
    その途中にいる。

    夜の一本道を街灯と奥へ続く道が人生の歩みと未来の希望を表現した風景

    だから焦らなくていい

    完璧じゃなくていい。
    遠回りでもいい。
    崩れることがあってもいい。

    人は、必要なときに、必要な人と出会う。

    だから、
    その流れに逆らわず、
    今を大切にする。

    そして私は、
    出会いを待つのではなく、
    出会える場所に自分を置き続ける。

    そうやって、
    これからの人生をつくっていく。

    人生はまだ終わっていない。
    50代。
    まだ終わらない。


  • 人生で一度崩れたからこそ見えたもの|50代からの再設計

    人生で一度崩れたからこそ見えたもの|50代からの再設計

    みなとみらいの夜景 崩れた人生の転機を象徴する風景

    これまで書いてきたことは、
    すべて一つの流れの中にある。

    もともと私は、
    何かを完璧にこなせる人間ではない。

    子どもの頃から、よくやらかしてきた。
    落ち着きがないと言われ、
    忘れ物やミスも多かった。

    大人になっても、それは変わらない。

    それでも、不思議と
    なんとかなってきた。

    だからどこかで思っていた。

    「まあ、何とかなるだろう」と。

    整ったつもりの自分

    環境を変え、
    生活を整え、

    少しは変われた気がしていた。

    でも違った。

    それは“変わった”のではなく、
    “整っていただけ”だった。

    崩れた瞬間

    崩れるときは、崩れる。

    油断。
    疲れ。
    タイミング。

    いくつもの要因が重なり、
    判断は鈍った。

    その結果の一つが、
    朝キャバで150万円使った出来事だった。

    あれは特別な出来事ではない。

    ただ、自分の本質が
    そのまま出ただけだ。

    気づいたこと

    この一連の出来事で、はっきり分かった。

    人は、簡単には変わらない。

    環境を変えても、
    意識を変えても、

    本質はすぐには変わらない。

    それでも変えられるもの

    でも一つだけ、変えられるものがある。

    それが「優先順位」だ。

    何を優先するのか。
    何を守るのか。

    それを決めることはできる。

    変化

    私は決めた。

    飲み方を見直す。
    流れに任せない。
    自分をコントロールする。

    完璧ではない。

    でも、前とは違う。

    この経験の意味

    再生を象徴するソロキャンプのテントと自然の風景
    みなとみらいの朝焼け 新しいスタートを象徴する風景

    150万円。

    決して小さくない。

    後悔もある。

    でも、無駄ではない。

    あの出来事があったからこそ、
    自分の弱さと向き合えた。

    これは失敗ではなく、
    人生の分岐点だった。

    人は、変わらない。

    でも、

    崩れ方は変えられる。

    一度崩れた人間は、
    前と同じ崩れ方はしなくなる。

    私は、そう思っている。

    そして、これから

    ここで終わりではない。

    むしろ、ここからがスタートだ。

    これまでの自分を否定するのではなく、
    受け入れた上でどう生きるか。

    次は、
    「やりたいことを後回しにしない」というテーマで書いていく。

    やりたいことを、やりたいままに。

    ここからは、行動の話になる。

    人生はまだ終わっていない。
    50代。
    まだ終わらない。

  • 朝キャバで150万円使って気づいたこと|人生で一番高い授業料だった話

    朝キャバで150万円使って気づいたこと|人生で一番高い授業料だった話

    朝キャバ150万円使った。

    正直、何が起きたのか分からなかった。

    失敗だらけの人生

    私は、何かに取り組んで
    いつも成功できる人間ではない。

    むしろ、失敗の方が圧倒的に多い。

    一度、身に沁みないと分からない。
    そして、やっと理解する。

    そんな人間だ。

    子どもの頃から変わらない

    子どもの頃から、よくやらかしていた。

    通知表には
    「落ち着きがない」と書かれる子供だった。

    親に頼まれた買い物で、
    商店街のくじ引きに夢中になり、
    釣銭を置き忘れたこともある。

    傘や財布を無くすのも、日常だった。

    大人になっても同じ

    大人になっても変わらない。

    イベント販売で釣銭を忘れる。
    飛行機の時間を勘違いして乗り遅れる。
    寝坊して大事な抽選会に行けなかったこともある。

    お土産の蟹を朝市で買い、
    スーツケースを忘れて飛行機に乗ったこともある。

    それでも不思議と、
    人やタイミングに恵まれ、何とかなってきた。

    だから、どこかで思っていた。

    「まぁ、何とかなるだろう」

    油断

    👉 これ、他人事じゃないです。
    👉 同じこと、普通に起きます。

    そんな自分に、今回の出来事は起きた。

    引っ越しでまとまったお金が入った。
    疲れも溜まっていた。

    今思えば、
    いくつもの要因が重なっていた。

    川崎で10年以上飲んできて、
    こんな経験は一度もなかった。

    だから、油断していた。

    朝キャバ店内の様子とシャンパンが並ぶテーブルの風景
    朝キャバで150万円使った際の店内とシャンパンの様子
    Screenshot

    崩れた判断

    いつもの店ではなく、2回目の店。

    朝まで飲み、

    正直ほとんど覚えていない。

    ただ、気に入った女の子がいた。

    「いけるかもしれない」

    そんな感覚だけは残っている。

    お酒で判断は鈍り、

    スケベ心と

    「まぁ何とかなるだろう」という思考で

    気づけば、金を使っていた。

    スマホに残された写真が時間の経過を物語っている。

    目覚めた現実

    目が覚めた。

    みなとみらいのシティホテル。

    何も覚えていない。

    そして、そのキャバ嬢はいなかった。

    逃げられていた。

    150万円

    クレジットカードの請求147万円を確認した画面(朝キャバ150万円の支払い)

    クレジットの請求を見て、一瞬意味がわからなかった。

    150万円。

    桁が違う。

    👉 これ、他人事じゃないです。
    👉 同じこと、普通に起きます。

    一瞬、意味がわからなかった。

    桁を数え直した。意味が分からなかった。

    どうにもならない現実

    「これはおかしい」

    そう思い、
    クレジット会社、警察に相談した。

    結論はシンプルだった。

    「自分で使ったものは、どうにもできません」

    店にも連絡した。

    「これでも、かなりサービスしています」

    逃げ場なし

    朝キャバで150万円使った際に注文された高級シャンパンの写真

    送られてきたのは、
    高級シャンパンの数々。

    確かに、その金額になる内容だった。

    ぐうの音も出なかった。

    会社の人には恥ずかしくて
    50万円と伝えているが、
    実際はこの金額だ。

    できることなら、
    どんな味だったのか覚えておきたかった。

    決断

    私は決めた。

    しばらく1人では飲まない。
    1年間の禁酒。

    キャバ嬢のLINE、連絡先、
    飲み屋の電話番号。

    すべて削除した。

    教訓

    これは、強烈な教訓になった。

    お金で女性は落ちない。 そして、
    自分の弱さも、よく分かった。

    変化

    それ以来、飲み方を見直した。

    飲みすぎない。
    調子に乗らない。

    みなとみらいに引っ越したこともあり、
    禁酒は思ったより苦ではなかった。

    高い授業料

    150万円。

    かなり高い授業料だった。

    でも、無駄だったとは思っていない。

    それでも前に進む

    50歳になっても、まだ学べる。

    この経験は、
    きっとこの先の人生で役に立つ。

    私は、ここで生きていくと決めた。

    人生はまだ終わっていない。

    50代。
    まだ終わらない。

    朝キャバで150万円使ったこの経験は、

    間違いなく人生の分岐点だった。

  • 50代で環境を変えた結果|失ったものと手に入れたもの|再設計の記録

    50代で環境を変えた結果|失ったものと手に入れたもの|再設計の記録

    正直に言うと、
    私はこのまま川崎で一生を終えると思っていた。

    約50年。
    慣れた街、変わらない日常。

    それは安心でもあり、
    どこかで止まっている感覚でもあった。

    コロナをきっかけに、
    その違和感が一気に現実になった。

    人生には限りがある。

    頭ではなく、
    本当にそう思った。

    だから私は、環境を変えた。

    みなとみらいへ。

    これは引っ越しではない。
    人生の選び直しだった。

    みなとみらいで手に入れたもの

    そして、みなとみらいで手に入れたものがある。

    自由。
    時間。
    そして「持たない」という選択。

    生活はここまで変わる

    50代で環境を変えた部屋の様子 プロジェクターでみなとみらいの夜景を見る生活

    まず変わったのは生活だった。

    飲みに行く回数は、劇的に減った。

    (※このあたりは別記事で書こうと思うが、少しやらかしたことも影響している)

    夜は早く寝るようになり、朝型の生活に変わった。

    それだけで、使える時間は大きく変わった。

    持たないという選択

    住まいも変わった。

    80平米から50平米へ。

    広さは減ったが、得たものの方が大きかった。

    「持たない」という考え方だ。

    もちろん、すべてを捨てたわけではない。

    残したのは

    ・キャンプ用品
    ・漫画
    ・子どもたちとの思い出

    子供との思い出を残した写真 50代で大切にしている価値観

    モノを減らすことで、部屋は驚くほどシンプルになった。

    生活は“仕組み”で変えられる

    生活の仕組みも変えた。

    掃除は元々得意ではない。

    だから「やる」のではなく、
    「やらなくてもいい仕組み」を作った。

    タイルを張り、水回りを整えて、
    そしてその中の一つが、こいつだ。

    エコバックス ロボット掃除機 水拭き対応 自動掃除で生活を効率化した実例


    ロボット掃除機のアプリ操作画面 自動で掃除が完了する生活の仕組み

    我が家では「ベイマックス」と呼んでいる。

    いつも夕方にセットして、外に出る。

    そして帰ってくると、部屋は勝手に綺麗になっている。

    何もしていないのに、整っている空間。

    この感覚は、一度味わうと戻れない。

    掃除を「やるもの」から
    「終わっているもの」に変えただけで

    生活の質は、想像以上に上がった。


    家に帰るのが、少し楽しみになる。

    私の使用モデルは廃版だがこちらの商品が上位互換版で

    モップの乾燥まで行える。

    何もしなくても、部屋が整っている。
    この感覚を作ったのがこれです。

    安い買い物ではない。
    でも、「自分でやらなくていい時間」を買ったと思えば、私は高くなかった。

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    正直、
    掃除が面倒な人ほど、
    これの価値は大きいと思う。

    家の中で完結するという選択

    もう一つ変わったのが、家の過ごし方だ。

    プロジェクターを入れて、
    部屋の中で映画や映像を見るようになった。

    自宅で映画や夜景を楽しむ生活 50代で環境を変えたリアルな暮らし

    以前は外に出ていた時間が、
    家の中で完結するようになった。

    これは想像以上に大きかった。

    「どこかに行く」から
    「ここでいい」に変わる。

    その変化だけで、
    時間もお金も大きく変わる。

    プロジェクターに映るのは、映画だけじゃない。

    キャンプの写真や、みなとみらいの景色を流すこともある。
    ただそれだけで、家の中の時間が少し変わった。

    外に出なくても満たされる。
    そう思える時間を作ってくれたのがこれです。

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    外に出なくても満たされる。

    そんな時間を、
    家の中で作れるようになった。

    スマート家電が生活を変化

    生活は「仕組み」で変えられる。

    朝は何もしなくても、カーテンが開く。

    正直、もっと早くやればよかったと思ってる。

    これが、毎朝勝手に起きる。

    たったこれだけで、
    生活の質は想像以上に変わる。

    👉 朝を変えたい人はこちら
    👉 カーテンの自動化をしたい人はこちら

    1万円以下でここまで生活変わるのは、正直コスパ異常。

    迷ってるなら、これだけはやっていいと思う。

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    ¥8,980から
    (2026/4/9時点)

    たったこれだけで、
    生活の質は「想像以上」に変わる。

    本当に、別物になる。

    カーテン、照明、掃除。

    細かいことは全部、
    自動で動くようにした。

    正直、最初は面倒だった。

    でも一度仕組みを作ると、
    生活は一気に楽になる。

    「やること」を減らすだけで、
    人間はこんなに余裕ができるのかと思った。

    車を手放して分かったこと

    さらに大きかったのは移動手段だ。

    車は手放した。

    その代わりに選んだのが

    ・ベイバイク
    ・カーシェア

    ベイバイクは街の至るところにあり、
    30分165円で移動できる。

    関内、野毛、横浜あたりまでは十分にカバーできる。

    そして車が必要な時はカーシェア。

    キャンプも、デートも、これで問題ない。

    不便になるどころか、むしろ自由度は上がった。

    持たないことで手に入る“お金”

    そして、もう一つ大きな変化がある。

    お金だ。

    住宅を手放したことで、現金が手元に残った。

    それ以上に大きかったのは、固定費の削減だった。

    ・固定資産税
    ・車両税
    ・車検費用
    → 年間 約30万円

    ・管理費
    ・修繕積立
    ・駐車場代
    → 年間 約50万円

    合計で、年間約80万円。

    持っているだけで出ていくお金だった。

    家賃20万円は高いと言われる。

    確かにその通りだと思う。

    でも、手放して初めて分かったことがある。

    「持つコスト」は想像以上に重い。

    50代で得た“余裕”

    そして何より、

    まとまった現金があることで、
    心に余裕が生まれた。

    会社員は安定している反面、
    我慢も多い。

    でも、何かあれば一度立ち止まれる。

    この感覚は、50代の自分にとって大きかった。

    これからの生き方

    仕事は好きだ。

    25年間、前向きに取り組んできた。

    でも、50歳を過ぎて思う。

    残された時間は限られている。

    仕事だけにすべてを使うわけにはいかない。

    環境が人生を変える

    みなとみらいに来て、

    時間
    お金
    選択する自由

    この3つを手に入れた。

    私は、ここで生きていくと決めた。

    人生はまだ終わっていない。
    50代。
    まだ終わらない。

    あのまま変わらなければ、
    多分、今も同じ場所で同じことを繰り返していたと思う。

    ▶︎ みなとみらいの生活コストはこちら

  • みなとみらいの家賃と生活費はいくら?|50代で暮らして分かったリアル

    みなとみらいの家賃と生活費はいくら?|50代で暮らして分かったリアル

    川崎を出て暮らすのは、これが初めてだった。

    気づけば、人生のほとんどをこの街で過ごしてきた。

    みなとみらいへの引っ越し。

    それは単なる移動ではなく、
    人生の選択だった。

    50代での一人暮らし。
    家賃は20万円台。

    実際に暮らしてみて分かった、
    みなとみらいのリアルを書いていきたい。

    引っ越し初日、感じた違和感

    正直、ワクワクもあった。

    違和感もあった。

    そして、少しのさみしさもあった。

    憧れていた街のはずなのに、
    思っていた感覚と、どこか違う。

    夜になると人は少なく、
    静かすぎる空気が流れていた。

    家に帰っても、まだ落ち着かない。

    閑静な環境に、なじめない自分がいる。

    広さも、生活も、今までと違う。
    通勤も遠くなった。

    これからの生活に、少しだけ不安がよぎる。

    本当に、この選択で良かったのか。

    そう思った瞬間もあった。

    それでも──

    朝、窓を開けたときに見えた景色で、
    その迷いは、少しだけ消えた。 私は、ここで生きていくと決めた

    みなとみらいの夜と週末の顔

    平日の夜は、人が少ない。

    静かで、どこか落ち着かない。

    だが、週末になると一変する。

    街は一気ににぎやかになる。 この“ギャップ”は、
    最初は戸惑いだったが、今は心地よい。

    家賃20万円台でも、生活は変わらない

    みなとみらいのスーパーの惣菜コーナー割引シール付き弁当
    みなとみらいのスーパー揚げ物コーナー値引きされた惣菜が並ぶ様子
    みなとみらいのスーパーで割引シールが貼られたパンとおにぎり節約した日常の買い物

    引っ越してすぐ、近くのスーパーに行った。

    正直、少し安心した。

    現実は変わらない。

    家賃は20万円台。

    だからこそ、
    オフシールの商品を手に取る。

    会社帰りにはドラッグストアにも立ち寄る。

    そこでも、割引された商品を選ぶ。

    みなとみらいに住んでいても、
    生活は地に足がついている。 それが、少しだけ心地よかった。

    この街には、もう一つの顔がある

    みなとみらいは静かな街だと思っていた。

    でも少し足を伸ばせば、
    桜木町や野毛には、にぎやかな世界が広がっている。

    コスパよく飲める店も多い。

    この街は、思っていたよりずっと
    “生活できる場所”だった。

    川崎と横浜、利便性の違い

    川崎も、十分に便利な街だった。

    でも、みなとみらいに住んでみて思った。

    便利さの“次元”が違う。

    横浜駅と桜木町、その中間にあるこの場所は、
    ほぼすべての路線にアクセスできる。

    日常の行動範囲が、一気に広がった。

    ここに住んでみて初めて分かった。

    移動の自由は、
    そのまま生活の自由になる。

    便利さは、時間の余裕に変わる。

    それは想像以上に、大きな価値だった。

    ただ一つだけ。

    会社だけは、少し遠くなった。 正直、そこだけは不便だ。

  • 50代の引っ越しは想像以上に大変だった|みなとみらい移住のリアル体験

    50代の引っ越しは想像以上に大変だった|みなとみらい移住のリアル体験

    住宅売却が決まり、
    私は17年住んだ家を離れることになった。

    みなとみらいへの引っ越し。

    それは単なる移動ではなく、
    人生の整理だった。

    50代での引っ越しは、
    想像以上に“現実”だった。

    今回は、そのリアルを書いていきたい。

    すべてが動き出した日

    住宅売却が決まった。

    11月、内覧に来たのは
    私と同じくらいの年齢のご夫婦だった。

    17年間住んだこのマンションを、
    とても気に入ってくれた。

    「このまま住めそうですね」

    奥様のその一言が、強く印象に残っている。

    正直、契約が決まるまでは分からないと思っていた。

    だが結果は、希望額満額での購入。

    12月に手付、2月に引き渡し。

    住宅売却を決意してから、実に3年弱。

    高額な売却ほど、焦って決めない方がいい。

    それが率直な実感だった。

    17年分のモノと向き合うという現実

    大量の漫画が並ぶ本棚 長年蓄積されたモノの象徴

    17年という年月。

    しかも80平米弱の空間に、
    ほぼ一人で住んでいた。

    想像以上に「モノ」は溜まっていた。

    元妻や子どもたちのものも、
    まだ多く残っていた。

    見た目は綺麗に保っていたが、
    収納の中は別だった。

    押し入れやクローゼットに、
    見ないふりをして詰め込んでいたもの。

    子どもの荷物。
    元妻のCDや雑貨。

    すべてが、そのまま残っていた。

    今回の引っ越し先は、
    みなとみらいの50平米。

    物理的に考えても、
    持っていける量は限られている。

    その中で残したのは

    ・子どもの思い出の品
    ・キャンプ用品
    ・そして、最後まで迷った漫画

    高校時代、一度大量に処分したことがある。

    それでも今回は、捨てられなかった。

    モノは、過去を保存する。

    引っ越しは「作業」ではなく戦略だった

    まずやることを整理した。

    ・不用品の処分
    ・荷物の仕分け
    ・新居の準備
    ・旧居の清掃

    シンプルだが、やることは多い。

    不動産会社の紹介業者に見積もりを依頼すると、
    15万円以上と言われた。

    そして驚いたのは、

    家の中のものは、ほとんどお金にならない

    という現実だった。

    当時は新品で揃えた家具も、
    ほぼ価値がつかない。

    大型家具は、すべて有料処分だった。

    お金は取り返せる

    そこで動いた。

    売れるものは、すべてメルカリで販売。
    結果、約10万円。

    メルカリで売却した商品の履歴 不用品を現金化した結果

    衣類はリユースショップへ。

    そして、引っ越し業者との交渉。

    見積もりは複数社で取るべきだ。

    引っ越し費用は、
    業者によってかなり差が出る。

    私は複数社で見積もりを取り、
    最終的に10万円以上コストを下げることができた。

    👉 引っ越し費用は動けば下げられる。

    そのためにやるべきことは、これだけです。

    複数社見積もり

    👇私が使ったのはこれ


    もしこれから引っ越しを考えているなら、無料で引越し見積もりを比較する(複数社一括)だけはやっておいた方がいいと思う。


    特に重要なのは「時期」。

    3月は1.5〜2倍。
    2月中旬までが勝負。

    私は営業職なので、
    値下げ交渉はある程度理解している。

    現場ではなく、判断を持つ人間と話す。

    無理は通らないが、
    「あと一歩」は引き出せる。

    10万円は、自分で動けば変えられる

    ここからが本番だった。

    洗濯機と冷蔵庫を購入し、
    担当者にインセンティブを付けた。

    その代わりに

    ・粗大ごみ置き場までの運搬をサービス
    ・廃棄は自分で対応

    結果、10万円以上のコスト削減。

    結局一番大事なのは、

    自分で動くこと

    これに尽きる。

    引っ越しは、終わらない

    2月17日、引っ越し当日。

    だが、それで終わりではなかった。

    荷物を運び出した後も、
    掃除が残っている。

    引き渡しは2月26日。

    その間、
    簡易ベッドと寝袋で生活しながら、
    旧居の掃除を続けた。

    ほぼ1週間、まともに寝ていない。

    17年ぶりの引っ越しは、
    想像以上に過酷だった。

    持たないと決めた理由

    引っ越し前のみなとみらいの床に白いタイルをひく様子

    ちなみに自分は最初にサンプルを取り寄せました👇

    色味は写真と実物で結構違うので、ここは絶対やった方がいいです。

    ▶ フロアタイルのサンプルはこちら(数百円で試せます)

    正直、これやらないと「思ってた色と違う」ってなります。

    実際に使って一番良かったのがこれ👇

    ▶ 今回使ったフロアタイルはこちら(6畳)

    ・賃貸OK(原状回復可)
    ・工事不要
    ・1人で設置できる

    正直、これだけで部屋の印象が一気に変わりました。

    貼るだけでここまで変わります。

    👉 追記(実際に使ってわかったこと)

    部屋の角の部分やすみなどをカッティングして調整するのですが少しづれます。

    正直、最初は「鬼ピタ(超強力タイプ)」も使いました。

    ただこれが問題で、

    ・粘着が強すぎる
    ・厚みがある
    ・ズレは防げるが扱いにくい

    結果として、賃貸ではちょっとオーバースペックでした。

    マステを貼りその上にこれを引いて固定しました。

    ¥1,500前後その後に使ったのがこのクッションフロアテープ👇

    セメダイン クッションフロアテープ TP-145

    👉 薄くて扱いやすい
    👉 必要十分な固定力
    👉 きれいに剥がせる

    結論としては、

    👉 これくらいがちょうどいい

    今回の引っ越しで、はっきりと理解した。

    モノは、増える。

    そして、必ず自分に返ってくる。

    持っている限り、
    過去は終わらない。

    これからは、

    持たない生活を意識する

    そう心に刻んだ。

    人生はまだ終わっていない。
    50代。まだ終わらない。

    今回の引っ越しで、
    「持たない」だけで人生はかなり変わると実感しました。

    その一歩として、
    まずは環境を変えるのが一番早いです。

    実際に使って良かったフロアタイルはこちら👇

    ▶ 今回使ったフロアタイルはこちら(6畳)

  • 20歳の息子へタグホイヤーを渡した日|50代からの再出発の記録

    20歳の息子へタグホイヤーを渡した日|50代からの再出発の記録

    離婚。

    そして再出発。

    ある意味、私の決意の象徴でもある時計がある。

    「タグホイヤー カレラ クロノグラフ キャリバー1887」

    自動巻きの時計だ。

    2010年、タグホイヤー創業150周年を記念し、
    初めて自社開発ムーブメント「キャリバー1887」を搭載したモデル。

    私がこの時計を買ったのは、離婚後だった。

    タグホイヤー カレラ クロノグラフ キャリバー1887 着用写真 自宅

    子供たちは福岡へ。

    私は、ローンの残る分譲マンションに一人残ることを選んだ。

    そこに、子供たちの“帰る場所”を残したかった。

    離婚してもローンを払い続ける。

    養育費も払う。

    それでも前を向く。 そのとき私は、自分なりの再出発を祝いたかった。

    なぜ自動巻きだったのか

    タグホイヤー カレラ クロノグラフ キャリバー1887 着用写真 ホテル

    当時の私は、正直、機械式時計の価値をよく分かっていなかった。

    なぜあんなに高いのか。
    なぜそんなに人を惹きつけるのか。

    でも調べるうちに、分かってきた。

    裏面のスケルトンから見える機械の鼓動。

    ゼンマイがほどけ、歯車が噛み合い、時間を刻む。

    しかもこのキャリバー1887は、
    日本のセイコー技術をルーツに持つ。

    スイスと日本の融合。

    その物語に、私は心を動かされた。

    40万円。

    当時の私には、勇気のいる金額だった。

    でも、時計を受け取ったあの日、

    私は確かに「一歩進んだ」と感じた。

    10年以上の時間

    あれから10年以上が経った。

    小学校入学のときに別れた息子が、
    今年、20歳になる。

    最近はアップルウォッチを使うことが多く、
    この時計を着けるのは冠婚葬祭や大切な場面だけだ。

    でも、私にとっては特別な一本だ。

    私は、だいぶ前から決めていた。 20歳になったら、この時計を渡そうと。

    タグホイヤー カレラ クロノグラフ 箱

    売ってもいい

    娘には言われた。

    「弟、時計とか興味ないよ。」

    正直、迷った。

    でも私は思う。

    良い時計は、時代を超えて受け継がれる。

    それは単なる装飾品ではない。

    そこに刻まれた“時間”ごと、渡すものだ。

    お金に困ったら売ってもいい。

    今は分からなくてもいい。

    でも、いつか。

    息子が私と同じ年齢になったとき、

    「ああ、そういうことだったのか」 と少しでも思ってくれたら、それでいい。

    福岡へ、時間を渡しに行く

    今、私は福岡にいる。

    3月で20歳になる息子に、
    この時計を渡すためだ。

    事前に調べて、
    天神にあるタグホイヤーの店舗へ向かった。

    壊れているわけではない。

    それでも、
    一度しっかり整えた状態で渡したかった。

    オーバーホールと、軽い研磨。

    新品に戻すためではない。

    この時計が刻んできた時間を、
    そのまま次へ渡すための準備だ。

    店に時計を預けたとき、

    少しだけ、不思議な感覚があった。

    自分の中の「一区切り」を、
    形にしているような感覚だった。

    この時計は、
    ただのモノではない。

    私の時間そのものだ。

    そしてそれを、
    今、手放そうとしている。

    私は、手放してきた。

    家も。
    車も。

    そして今。

    時間を、渡す。

    時間を整えるということ

    店舗で説明を受けたとき、

    オーバーホールと軽い研磨で、

    費用は10万円を超えると言われた。
    自社製クロノグラフの整備は、やはりそれなりの金額になるらしい。革ベルトに替えた際に付いた傷の部分が、

    少し錆びているかもしれないとも言われた。 

    これの見出し文字はなんて入れればよいですかね?

    状態によっては、もう少し費用がかかるかもしれない。

    その話をしたとき、息子は驚いていた。

    「修理代、10万円もするの?」無理もないと思う。

    まだ20歳だ。

    でも私は思う。

    これは“修理代”ではない。

    ここまで刻んできた時間を、もう一度動かすための代償だ。

    これからの時間

    家族3人での初めての乾杯 焼肉店 ビール

    このあと、娘と息子と3人で
    初めて一緒に酒を飲む。

    近くの焼肉屋を予約した。

    どんな時間になるかは分からない。

    でもきっと、
    これもまた、忘れない時間になる。

    人生はまだ終わっていない。

    50代。

    まだ終わらない。

    だから私は、渡す。

    ▼人生再設計シリーズ

    コロナで人生が止まった日
    マンション売却の決断
    みなとみらいに住むという選択
    外車に乗る夢と手放す勇気
    タグホイヤーを子供に渡す、その理由←今ここ

  • 50代で外車(BMW X1)を買って手放した理由|後悔しない選択とは

    すべてが止まっていた2023年

    2023年。
    住宅売却は思うように進まなかった。

    そんな中、
    愛車の日産ジュークが壊れた。

    タイミングは、正直最悪だった。

    売却は決まらない。
    生活は揺れている。

    それでも車は、生活の足だった。

    ジュークは離婚後に中古で買った車。
    独特のフォルムが好きで、愛着もあった。

    だが、状況は待ってくれなかった。

    「100のやりたいこと」を思い出す

    そのとき思い出した。

    昔書いた
    「100のやりたいこと」リスト。

    その中に、確かにあった。

    外車に乗る。

    どうせ揺れているなら、
    ひとつくらい夢を叶えてもいい。

    そう思った。

    100万円以下で探したBMW X1

    条件は現実的に決めた。

    ・100万円以下
    ・コンパクトSUV
    ・鑑定書付き
    ・評価の高い店舗
    ・走行距離少なめ

    そして出会った。

    10年落ち、走行3万5千キロの
    BMW X1。

    エメラルドグリーンとも言える絶妙な色。

    見に行った瞬間に決まった。

    「これだ。」

    中古車販売店と交渉し、
    ・ルーフキャリア装着
    ・前後ドライブレコーダー
    ・新品タイヤ

    夢は、想像以上に現実的な価格で手に入った。
    (購入価格は約70万円弱)

    BMW X1は中古でも現実的な選択だった

    BMW X1は旅の相棒になった

    2023年5月購入。

    そこから2025年2月まで。
    約1万4千キロ。

    普通の会社員をしながら、
    土日だけでこの距離。

    ふもとっぱらでの初キャンプ。
    テント設営に3時間。

    花火大会。
    デート。

    数えきれない週末。

    BMW X1は、
    ただの外車ではなく、
    人生を動かす装置だった。

    ワイパーとウィンカーが逆なのも、
    今では笑い話だ。

    好きだけでは、続かなかった

    みなとみらいに住むと決めたとき、
    現実が突きつけられた。

    駐車場代、月3万5千円。

    維持費。
    保険。
    税金。

    冷静に計算した。

    好きだけでは、続かない。

    私は、また選んだ。

    手放すことを。

    BMW X1売却とリセールの現実

    BMW X1は約70万円弱で購入し、
    約40万円で売却。

    2年間で約30万円の差額。

    数字だけ見れば損かもしれない。

    でも私は、
    1万4千キロの経験を手に入れていた。

    所有ではなく、体験。

    それが残った。

    車を持たない生活へ

    車を手放し、
    baybike。
    カーシェア。

    最初は不安もあった。

    だが実際は、思っていたより自由だった。

    固定費が減ると、
    心が軽くなる。

    50代になって分かった。

    増やすことだけが正解ではない。

    手放す勇気

    若い頃は、
    家を持つ。車を持つ。外車に乗る。
    それが成功だと思っていた。

    でも今は違う。

    必要なときに手に入れ、
    必要がなくなれば手放す。

    それもまた、選択だ。

    そして次へ

    手放したからこそ、次に進める。

    私は、
    ある大切なものを「渡す」と決めた。

    それは、モノではなく、
    想いの継承だった。

    だから私は、“渡す”と決めた。

    (次回:タグホイヤーを子供に渡す話)


    人生はまだ終わっていない。
    50代。
    まだ終わらない。

    だから私は、渡す。

    ▼人生再設計シリーズ

    コロナで人生が止まった日
    マンション売却の決断
    みなとみらいに住むという選択
    ・外車に乗る夢と手放す勇気 ←今ここ
    ・(次回)タグホイヤーを子供に渡す、その理由